秋田地方裁判所 昭和35年(ワ)263号 判決 1963年9月23日
判 決
秋田市川尻町字山王田九七番地の四
原告
協和石油株式会社
右代表者代表取締役
荻原麟次郎
同
渡辺雄三
右訴訟代理人弁護士
内藤庸男
秋田県男鹿市船川港船川字栄町四一番地
被告
株式会社国油商会
右代表者代表取締役
佐藤喜一郎
東京都港区赤坂葵町三番地
被告
日本鉱業株式会社
右代表者代表取締役
三間安市
右両名訴訟代理人弁護士
林昌司
右当事者間の昭和三五年(ワ)第二六三号詐害行為取消等訴訟事件について、当裁判所は、昭和三八年五月二〇日に終結した口頭弁論にもとづいて、次のとおり判決する。
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
(請求の趣旨)
(一)(イ) 原告と被告株式会社国油商会及び被告日本鉱業株式会社の間において、被告株式会社国油商会が昭和三五年七月一二日売買により訴外合資会社伊藤油店から別紙第一目録記載の不動産を、訴外伊藤与蔵から別紙第二目録記載の不動産をそれぞれ譲受けた行為を取消す。
(ロ) 被告株式会社国油商会は、別紙第一目録記載の不動産について、秋田地方法務局昭和三五年七月一二日受付第五六一五号、別紙第二目録記載の不動産について、同法務局同日受付第五六一四号を以てした各売買による所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。
(ハ) 被告株式会社国油商会は原告に対し、別紙第一、第二目録記載の不動産を引渡せ。
(ニ) 被告日本鉱業株式会社は、別紙第一、第二目録記載の各不動産について、秋田地方法務局昭和三五年八月三一日受付第七〇三四号を以てした根抵当権設定登記の抹消登記手続をせよ。
(二)(イ) 原告と被告株式会社国油商会との間において、同被告が昭和三五年八月一七日訴外合資会社伊藤油店から別紙石油製品売掛代金債権目録記載の各債権を譲受けた行為を取消す。
(ロ) 被告株式会社国油商会は原告に対し金四、七三二、六三六円を支払え。
(三) 訴訟費用は被告らの連帯負担とする。
との判決を求める。
(請求原因)
(一) 訴外合資会社伊藤油店及びその無限責任社員の資産状態。
訴外合資会社伊藤油店(以下「伊藤油店」という)は別紙第二目録記載の土地に同第一目録記載の建物(ガソリンスタンド)を所有し、ガソリン、軽油、モビールオイル等の石油製品及びその容器等の小売業を営んでいたものであり、訴外伊藤鐘之助及び同伊藤与蔵はその無限責任社員であつた。そして、その資産状態は、昭和三五年七月一二日現在において、次のとおりであつた。
(イ) 資産の部
(1) 伊藤油店所有
別紙第一目録記載の建物及び附属給油施設(乙第三号証の一記載の物件、すなわち、1.地下油槽一〇、二基、2.同六、一基、3.オートリフト一基、4.ガソリン計量機二台、5.計量機附属上家一二坪)以上時価合計約五〇〇万円相当ならびに別紙石油製品売掛代金債権目録記載の売掛代金債権、合計四、七三二、六三六円。
(2) 伊藤鐘之助所有
別紙第三目録記載の土地及び建物ならびに別紙第四目録記載の建物(ガソリンスタンド)及び附属給油施設
(3) 伊藤与蔵所有
別紙第二目録記載の土地(時価約八一〇万円)及び別紙第二目録記載の土地。
(ロ) 負債の部
伊藤油店が負担していた債務は次のとおりである。
(債権者)
(1)原 告 五、〇四三、三二二円(石油製品買掛金昭35・6・30現在)
(2)被告株式会社国油商会 一二、〇〇〇、〇〇〇円(〃 )
(3)訴外三共石油株式会社 三、三〇〇、〇〇〇円(〃 )
(4)訴外秋田中央交通株式会社 一〇、〇〇〇、〇〇〇円(融資債務)
訴外伊藤油店及びその無限責任社員の資産状態は右のとおりであつて、到底その資産を以て負債を完済するに足らず、営業も不振で、ほとんど破産状態に陥つていた。
(二) 詐害行為の内容。
伊藤油店の無限責任社員伊藤鐘之助及び同伊藤与蔵は、右に述べたような資産状態のもとにおいて、債権者たる原告を害すべきことを知りながら、被告らと通謀して、その資産を次のとおり処分した。
(イ) 伊藤油店は、昭和三五年七月一二日別紙第一目録記載の建物及び附属給油施設ならびに同年八月一七日別紙石油製品売掛代金債権目録記載の債権を、伊藤与蔵は、同年七月一二日別紙第二目録記載の土地をそれぞれ被告株式会社国油商会に譲渡し、不動産については、その旨の所有権移転登記手続をし、被告日本鉱業株式会社は、昭和三五年八月一八日、被告株式会社国油商会を債務者として、右不動産について、極度額九〇〇万円の抵当権設定契約を締結し、同月三一日その旨の登記手続をした。
(ロ) 伊藤鐘之助は、昭和三五年七月二〇日訴外秋田中央交通株式会社に対し、別紙第三、第四目録記載の不動産を譲渡し、それぞれその旨の所有権移転及び保存登記をした。
右の処分行為により、伊藤油店及びその無限責任社員は、ほとんど無資産となつた結果、原告の同会社に対する債権は事実上回収不能に陥つた。これは、明らかに債権者たる原告を害すべきことを知つて為した詐害行為であるから、これを取消し、請求の趣旨どおりの判決を求める。
(請求の趣旨に対する被告らの答弁)
主文同旨の判決を求める。
(請求原因に対する被告らの答弁)
訴外伊藤油店が、石油製品小売業を営んでいて、訴外伊藤鐘之助及び同伊藤与蔵がその無限責任社員であつたこと、伊藤油店が別紙第一目録記載の建物及び附属給油施設を所有し、且つ別紙石油製品売掛代金債権目録記載の債権を持つていたこと、伊藤与蔵が別紙第二目録記載の土地を所有していたこと、及び原告主張の日に、伊藤油店及び伊藤与蔵が被告株式会社国油商会に対し、それぞれ右不動産及び債権を譲渡し、不動産についてはその旨の所有権移転登記手続をし、更に被告株式会社国油商会が、原告主張の日に右不動産について被告日本鉱業株式会社のためその主張のとおりの抵当権を設定し、その旨の登記手続を経たことは認める。被告株式会社国油商会は当時伊藤油店に対し、石油製品売掛代金債権を有していたが、その債権額は、昭和三五年八月一一日現在において、一四、二六七、八七二円であつた。右不動産及び債権の譲渡が、被告らと伊藤鐘之助及び伊藤与蔵の通謀による詐害行為であるとの主張は否認する。その他の原告主張の事実は知らない。
被告株式会社国油商会が右不動産及び債権を譲り受けた事情は、次のとおりである。
被告株式会社国油商会は、昭和二八年六月頃から、伊藤油店を特約店として、毎月約二五〇万円程度の取引をしており、その取引により生ずべき債権の担保として、別紙第一、第二目録記載の不動産上に抵当権を有していた。なお、右不動産については、他の債権者も抵当権を有していたものであり、昭和三五年七月一二日当時において、右不動産上に存した抵当権を表示すれば、次のとおりである。(次頁に―編集部注)
伊藤油店は、当時被告株式会社国油商会等に対し多額の債務を負担していたので、その負債を整理し、営業を建直すために、別紙第一、第二目録記載の物件を被告株式会社国油商会に売渡したものである。しかも、その売買価格は、財団法人日本不動産研究所作成の昭和三五年七月四日附鑑定書にもとづき、別紙第二目録記載の宅地一三五坪の価格を六、七五〇、〇〇〇円(坪当り五〇、〇〇〇円)、別紙第一目録記載の建物及び附属給油施設の価格を三、二五〇、〇〇〇円、以上合計一〇、〇〇〇、〇〇〇円と定めたものであつて、公正妥当な時価相当額であつた。そして、右代金は、次のとおり債務の弁済に充てられた。
(イ) 別紙第一目録記載の建物
(債権者) (債権(極度)額) (債務者) (種類) (設定年月日)
株式会社秋田相互銀行 二、〇〇〇、〇〇〇円 伊藤油店 根抵当権 昭35.1.8
被告株式会社国油商会 九〇〇、〇〇〇円 〃 〃 〃35.4.23
(ロ) 別紙第二目録の記載土地
被告日本鉱業株式会社 三八〇、〇〇〇円 佐藤喜一郎 〃 〃31.7.2
株式会社秋田相互銀行 二、〇〇〇、〇〇〇円 伊藤油店 〃 〃33.10.17
〃 二、〇〇〇、〇〇〇円 〃 〃 〃35.1.8
被告株式会社国油商会 三、五〇〇、〇〇〇円 〃 〃 〃35.4.23
(イ) 被告株式会社国油商会に対する前記一四、二六七、八七二円の内金五、〇〇〇、〇〇〇円
(ロ) 訴外秋田中央交通株式会社に対する約束手形金債務の内金二、五〇〇、〇〇〇円
(ハ) 訴外株式会社秋田銀行に対する債務二、〇六八、七一二円
(ニ) 小口支払金四三一、二八八円
以上合計一〇、〇〇〇、〇〇〇円
又、被告株式会社国油商会が伊藤油店から譲り受けた前記売掛代金債権は券面額により、右の残債務に充当したものであつて、決して伊藤油店の一般財産処分行為は、すべて、既存債務の弁済を目的とし、しかも相当対価を以てしたものであるから、詐害行為は成立しない。
(被告らの抗弁)
仮に、伊藤油店の無限責任社員が、本件財産処分行為にあたり、債権者たる原告を害すべきことを知つていたとしても、被告らは、これを知らずに善意で取得したものであるから、詐害行為は成立しない。
(被告らの抗弁に対する原告の認否)
被告らが本件財産の取得当時善意であつたとの主張は否認する。
(証拠関係)≪省略≫
理由
訴外伊藤油店が石油製品小売業を営んでいて、訴外伊藤鐘之助及び伊藤与蔵が、その無限責任社員であつたこと、伊藤油店が別紙第一目録記載の建物及び附属給油施設を所有し、且つ別紙売掛代金債権目録記載の債権を持つていたこと、伊藤与蔵が別紙第二目録記載の土地を所有していたこと、伊藤油店及び伊藤与蔵が被告株式会社国油商会に対し、原告主張の日にそれぞれ右不動産及び債権を譲渡し、不動産については所有権移転登記手続をし、更に被告株式会社国油商会が、原告主張の日に、右不動産について被告日本鉱業株式会社のためその主張のとおりの抵当権を設定し、その旨登記手続を経たことは当事者間に争いがない。
そして、原告は、右の伊藤油店及び伊藤与蔵の財産処分行為が詐害行為であると主張するので、この点について次のとおり判断する。
(証拠―省略)を綜合すると、次の事実が認められる。
被告株式会社国油商会は、昭和三五年五月一日現在において、右伊藤油店に対し一四、二六七、八七二円の売掛金債権を持つていた。
このほか、同油店に対し、訴外秋田中央交通株式会社は、元本一二、六〇〇、〇〇〇円、訴外秋田相互銀行株式会社は元本二、〇〇〇、〇〇〇円の貸金債権をそれぞれ持つていた。そこで、伊藤油店及び伊藤与蔵は、これらの債務の弁済のため、別紙第一、第二目録記載の物件を、日本不動産研究所の鑑定評価額にもとづき、代金合計一〇、〇〇〇、〇〇〇円と定めて、被告株式会社国油商会に売却し、その代金の内、五、〇〇〇、〇〇〇円を被告株式会社国油商会に対する前記債務に内入充当し、二、五〇〇、〇〇〇円を訴外秋田中央交通株式会社に、二、〇六八、七一二円(元利金)を株式会社秋田相互銀行にそれぞれ支払つた。又、被告株式会社国油商会の残債務については、別紙石油製品売掛金債権目録記載の債権を、券面額より同会社に譲渡して、これに充当した。
右認定の事実によれば、伊藤油店及び伊藤与蔵の右財産処分行為は、既存債務の弁済を目的とし、且つ適正対価によつたものであることが明らかであるから、これを詐害行為と認めることはできない。もつとも、右処分行為により、伊藤油店及びその無限責任社員がほとんど無財産となり、事実上、原告その他の債権者の債権の満足を得ることが不可能となつたことは、弁論の全趣旨により充分うかがわれるところであるが、それは、破産手続の如く厳格な平等弁済の手続を定めていない詐害行為取消制度の限界を示すものであつて、やむを得ないものというべきである。かかる既存債務の弁済のためにする行為が民法第四二四条の「債権者を害することを知りて為したる行為に該当しないことは、破産法第七二条及び会社更生法第七八条が、債権者を害することを知りて為したる行為」と「担保の供与又は債務の消滅に関する行為」とを区別して規定していることと対比すれば極めて明白であり、従つて本件においても、もし原告が、厳格な比例的平等弁済を欲するならば、当然これらの手続によるべきであつて、民法上の詐害行為取消権を以てこれに代用することは許されない。
以上の理由により、原告主張の詐害行為は、いづれも成立しないから、これを前提とする原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく失当である。よつて、訴訟費用について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
秋田地方裁判所民事部
裁判長裁判官 斎 川 貞 造
裁判官 渡 辺 均
裁判官 橘 勝 治
(第一ないし第五目録)
石油製品売掛代金債権目録)省略